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産婦人科における遺伝性乳癌卵巣癌症候群に対する保険診療についての考え方

日本婦人科腫瘍学会 青木大輔
がんゲノム医療、HBOC診療の適正化に関するワーキンググループ
委員長 青木大輔

遺伝性乳癌卵巣癌症候群(hereditary breast and ovarian cancer syndrome:HBOC)は,BRCA1あるいはBRCA2遺伝子(以下BRCA1/2遺伝子)の生殖細胞系列の病的バリアント*1(変異)に起因する遺伝性腫瘍症候群の一つである.BRCA1/2遺伝子バリアント保持者では、乳癌や卵巣癌・卵管癌・原発性腹膜癌(以下,卵巣癌と総称する)の生涯発症リスクが高率であり,BRCA1遺伝子バリアントを保持する女性の卵巣癌発症リスクは39~46%,BRCA2遺伝子バリアント保持者女性では12~27% であると報告されている.2020年4月より乳癌または卵巣癌の既発症のHBOCに対する診療の一部が保険収載されることとなった.産婦人科の診療においてもHBOCに関する十分な知識を持ち,適切な診療を行う必要があると考える.
HBOCの診療においては,リスク評価,遺伝カウンセリング,遺伝学的検査,検査結果の解釈,BRCA1/2遺伝子バリアント保持者患者への対応(サーベイランス,リスク低減手術等)といった各段階で産婦人科医の関わりが考えられる.また卵巣癌患者に対して,コンパニオン診断としてBRCA1/2遺伝学的検査を行う場面があるが,それについては日本婦人科腫瘍学会からの「卵巣癌患者に対してコンパニオン診断としてBRCA1あるいはBRCA2の遺伝学的検査を実施する際の考え方」*2を参照されたい.

2020年4月現在,HBOC診療において保険収載されている項目は,①BRCA1/2遺伝学的検査(BRCA1/2遺伝子検査)の必要性を説明するための指導管理料,②血液を検体としたBRCA1/2遺伝学的検査(BRCA1/2遺伝子検査),③乳癌患者のうちHBOCと診断されたものに対するリスク低減卵管卵巣摘出術(risk reducing salpingo-oophorectomy:RRSO),および対側の乳房切除術(contralateral risk-reducing mastectomy:CRRM),④卵巣癌患者のうちHBOCと診断されたものに対する両側リスク低減乳房切除術(bilateral risk-reducing mastectomy:BRRM),⑤HBOCと診断された患者に対するサーベイランス,⑥BRCA1/2遺伝学的検査の結果についての遺伝カウンセリングである.
HBOCに対する保険診療を実施するに際しては,以下の算定要件,ならびに施設基準を満たす必要がある.

がん患者指導管理料「二」(300点)
[算定要件]
医師が遺伝子検査の必要性等について文書により説明をおこなった場合.(1患者1回のみ)

[施設基準]

BRCA1/2遺伝子検査の血液を検体とするものの施設基準に係る届出を行っている.
患者のプライバシーに十分配慮した構造の個室を備えている.

[留意事項](一部抜粋)

説明した結果,BRCA1/2遺伝子検査を実施し,遺伝カウンセリング加算を算定する場合は,がん患者指導管理料は算定できない.
遺伝カウンセリング加算の施設基準に係る届出を行っている他、保険医療機関の臨床遺伝学に関する十分な知識を有する医師と連携して指導を行った場合にも算定できる.ただし,その場合であっても遺伝カウンセリング加算を算定する場合は,がん患者指導管理料は算定できない.

BRCA1/2遺伝子検査 血液を検体とするもの(20,200点)
[算定要件]
HBOCの診断を目的として当該検査を実施するに当たっては,厚生労働省がん対策推進総合研究事業研究班作成の「遺伝性乳癌卵巣癌症候群(HBOC)診療の手引き2017年版」を参照し,医療上の必要性について診療報酬明細書に記載する.

[施設基準]

卵巣癌患者に対して治療法の選択を目的として実施する場合には,化学療法の経験を5年以上有する常勤医師又は産婦人科及び婦人科腫瘍の専門的な研修の経験を合わせて6年以上有する常勤医師が1名以上配置されている(婦人科腫瘍専門医はこれに相当する).
乳癌患者に対して治療法の選択を目的として実施する場合には,化学療法の経験を5年以上有する常勤医師又は乳腺外科の専門的な研修の経験を5年以上有する常勤医師が1名以上配置されている.
HBOCの診断を目的として実施する場合には,上記①又は②のいずれかを満たす.
遺伝カウンセリング加算の施設基準に係る届出を行っている.もしくは遺伝カウンセリング加算の施設基準に係る届出を行っている保険医療機関との連携体制をとっている.

〇HBOCに係る手術(子宮附属器腫瘍摘出術 開腹17,080点、腹腔鏡25,940点)
[算定要件]

手術の実施前に,臨床遺伝に係る専門的な医師,並びに乳腺外科又は産婦人科の医師によるカンファレンスを実施し治療方針の検討を行うこと.カンファレンスにおける検討内容を踏まえ,手術の目的や利益・不利益について当該患者に説明を行うこと.
なお,HBOCと診断された患者に保険診療としてRRSOを実施する場合には,保険上の術式が子宮附属器腫瘍摘出術となる.

[施設基準]

RSOを行う場合は,産婦人科及び婦人科腫瘍の専門的な研修の経験を合わせて6年以上有する常勤医師が1名以上配置されている(婦人科腫瘍専門医はこれに相当する).なお,当該医師は医療関係団体が主催するHBOCに関する研修を修了していること*3.(RRMの場合は乳腺外科の専門的な研修の経験を5年以上有する常勤医師)
臨床遺伝学の診療に係る経験を3年以上有する常勤の医師が1名以上配置されている.なお,当該医師は医療関係団体が主催するHBOCに関する研修を修了していること*3
RRMを行う施設は乳房MRI加算の施設基準に係る届出を行っている.
病理部門があり病理医が配置されている.
麻酔科標榜医が配置されている.
遺伝カウンセリング加算の施設基準に係る届出を行っている.

〇遺伝カウンセリング加算(検体検査判断料の注加算)(1,000点)
[算定要件]

BRCA1/2遺伝子検査を実施し,その結果について患者又はその家族等に対し遺伝カウンセリングを行った場合には,遺伝カウンセリング加算として,患者1人につき月1回に限り加算する.(別に定める施設基準に適合し,届け出ておく必要がある)

[留意事項](一部抜粋)
臨床遺伝学に関する十分な知識を有する医師が,当該検査を実施する際,以下のいずれも満たした場合に算定できる.

検査の実施前に,患者又はその家族等に対し,検査の目的並びに実施によって生じうる利益及び不利益についての説明等を含めたカウンセリングをおこなっている.
患者又はその家族等に対し、当該検査の結果に基づいて療養上の指導を行っている.
なお,遺伝カウンセリングの実施に当たっては,厚生労働省「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取り扱いのためのガイダンス」(平成29 年4月)及び関係学会による「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」(平成23 年2月)を遵守すること.
また,遺伝カウンセリング加算を算定する患者については,がん患者指導管理料の「ニ」の所定点数は算定できない.

BRCA1/2遺伝子バリアント保持者の女性に対しての管理としては,サーベイランス(監視),リスク低減手術,化学予防が考えられる.乳癌の発症については,乳房に対するサーベイランスやリスク低減乳房切除術の選択肢などについて,関連部門と協力した対応を行う必要がある.卵巣癌の発症については,RRSOを実施することで卵巣癌の発症リスクを減少させ,全死亡リスクを減少することが示されており,国内外のガイドラインで推奨されている.一方,RRSOを選択しなかったBRCA1/2遺伝子バリアント保持者の女性に対しては,確実な卵巣癌スクリーニング法は存在しない.実臨床では,経腟超音波検査とCA125測定を行うことが考慮されるが,スクリーニングとしての意義は不明である.経口避妊薬による化学予防については,卵巣癌の発症リスクを低減するとされている.しかし実際には,医薬品添付文書上は乳癌患者に対する経口避妊薬の投与は禁忌であり,乳癌の発症リスクを上昇させるという報告もあり,慎重な判断が必要である.
現時点ではRRSOが卵巣癌の発症および癌死低減に対する最も確実な手法である.RRSOを考慮する際には,以下について留意が必要である.

<RRSO実施前の留意点>

1.婦人科腫瘍を専門とした医師,および臨床遺伝を専門とした医師が配置されており,且つ施設内でカンファレンスを行うなど,連携できる体制を取っていること.
2.施設倫理委員会での審査などの必要性については各施設の判断による.
3.当該患者に対して,出産の希望の有無,発癌リスク,乳癌および卵巣癌を予防できる程度,施行後の卵巣欠落症状やそれに対する対応策等,RRSO の利益,不利益について十分な説明,および必要に応じて遺伝カウンセリングを提供すること.
4.RRSOの実施時期は個別に対応する必要があるが,一般に出産終了後35~40 歳に達した時点,または家系で最も早い卵巣癌診断年齢での施行が望ましいとされている.BRCA2遺伝子バリアント保持者の女性では,卵巣癌の発症年齢がBRCA1遺伝子バリアント保持者より平均で8~10年高いため,RRSOを40~45歳まで延期することも考慮される.

<RRSO実施の際の留意点>

1.RRSOは低侵襲手術(腹腔鏡)で行うことを推奨する.手術は以下の手順で行う.上腹部から腸管表面,大網,虫垂を含め骨盤内臓器を観察し,腹膜に所見があれば生検を行う.腹腔洗浄液細胞診を行う.両側附属器摘出を行う際には,卵巣近位部の卵巣提索を2 cm,子宮角までのすべての卵管,卵巣および卵管を覆うすべての腹膜,特に卵管および/または卵巣と骨盤側壁との間にできた癒着の下の腹膜を切除する. 手術操作による細胞の脱落を回避するため,卵管と卵巣への操作は最小限にする.回収袋を用いて腹腔内から回収する.
2.RRSO施行時の子宮合併切除は必要ないとされるものの,乳癌に対するホルモン療法や卵巣欠落症状などに対するホルモン補充療法時にメリットがある.またBRCA1遺伝子バリアント保持者は子宮体部漿液性癌に罹患するリスクが高いことが示唆されている.そのため術前に子宮の合併切除を行うことのメリットとデメリットについて十分な説明を行う.ただし,RRSO施行時の子宮摘出については,保険収載されていないことに注意が必要である(子宮摘出を実施する保険適応がある場合をのぞく).
3.RRSO時にオカルト癌またはSTIC(serous tubal intraepithelial carcinoma)が発見されることがある.そのため卵巣と卵管を連続切片で評価する必要があり,病理医との協力体制を構築しておくこと.実際にはSEE-Fim(sectioning and extensively examining the fimbriated end)プロトコールに従い、卵管采は長軸方向に切開を加え,残る卵巣および卵管は2~3mm 間隔で切片を作成し評価を行うこと.
4.卵管のみを摘出するリスク低減卵管切除術については,卵巣癌発症に対するリスク低減効果は証明されておらず,現時点では推奨されない.

<RRSO実施後の留意点>

1.オカルト癌やSTICが同定された場合の対応については,エビデンスに乏しいのが現状であり,今後ガイドラインで検討される予定である.
2.RRSO施行後も,1~4.3% の確率で腹膜癌の発生が認められることに留意する.
3.RRSOによって外科的閉経状態となるため,卵巣欠落症状としての更年期症状や脂質異常症,心血管疾患,骨粗鬆症などが危惧される.そのためRRSOを実施後は,日本女性医学学会の認定する女性ヘルスケア専門医や女性医学に精通した産婦人科専門医による経過観察が必要である.乳癌既往のない女性に対してRRSO 施行後にホルモン補充療法を行うことは有用であり,短期的には乳癌リスクへの影響も少ないと報告されている.

*1最近では、「変異(mutation)」の代わりに「バリアント(variant)」が使われるようになってきている。本稿では「バリアント」に変更し統一した記載とした(2020年10月)。
*2https://jsgo.or.jp/opinion/01.html
*3ここでいう「HBOCに関する研修」に関して、2020年3月31日に厚生労働省保険局医療課より発出された疑義解釈資料(医科38)において、現時点では(2020年10月現在)、日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構(JOHBOC)が行う教育セミナーを指すとされている。
JOHBOCの教育セミナーおよびその他の認定講習会(過去の日本HBOCコンソーシアム教育セミナー等も含む)ついては下記ホームページ内に示されている。更新期限などについても参照されたい。
日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構 http://johboc.jp/
なお、日本婦人科腫瘍学会では、教育委員会にてRRSOの実践に関連するe-ラーニングを作成し、近日中に公開予定である(2020年10月現在)。その他下記の関連学会から得られる情報についても参照されたい。
日本婦人科腫瘍学会 https://www.jsgo.or.jp/
日本産科婦人科学会 http://www.jsog.or.jp/
日本産科婦人科遺伝診療学会 https://jsgog.jp/
日本遺伝性腫瘍学会 http://jsft.umin.jp/
日本乳癌学会 https://www.jbcs.gr.jp/
日本人類遺伝学会 http://jshg.jp/
日本遺伝カウンセリング学会 http://www.jsgc.jp/

日本婦人科腫瘍学会
がんゲノム医療、HBOC診療の適正化に関するワーキンググループ
委員長 青木大輔
委員 榎本隆之 岡本愛光 織田克利 竹原和宏 津田 均 永瀬 智
平沢 晃 万代昌紀 三上幹男 八重樫伸生 渡部 洋

2020年4月6日
2020年10月21日改訂

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