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日本医学会「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン(2022年3月)」の改定についての解説

日本婦人科腫瘍学会 理事長 三上幹男
がんゲノム医療、HBOC診療の適正化に関するワーキンググループ
委員長 青木大輔

はじめに

皆様ご存知の通り、今やがん治療においてゲノム医療は日常診療の一部になりつつあります。婦人科医にとりましても、遺伝情報を扱う機会は今後ますます増えてくると予想され、遺伝情報を適切に取り扱うための知識は必要不可欠であると考えます。そのような中、日本医学会より遺伝情報を取り扱う上での留意点などをまとめた「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」が2022年3月に11年ぶりに改定されました。遺伝情報を扱う上での注意点などが記載されており、婦人科医にとっても重要な情報であると考えますので、今回改定された重要な変更点、追加点を下記に挙げさせていただきました。本文全体をご理解いただくことが前提ではありますが、前版の発刊から時間がたっていることから、この間の考え方の変遷を知っていただくことで、より深い理解に役立てていただければ幸いです。

なお本文の全文およびQ&Aは日本医学会ホームページ
(https://jams.med.or.jp/guideline/index.html)に掲載されておりますので、本解説を読む前にご参照ください。

婦人科医が知っておくべき主な改定点(括弧内に以前との違いについて記載した)

  1. 本ガイドラインで最も重要視していることは「遺伝情報の特性を十分に理解し、遺伝学的検査・診断を実施し、診療記録として共有すること」である。(遺伝や遺伝情報を特別なものとして扱わないという考えに基づいている。2011年版では、 “すでに発症している患者の診断目的に行われた遺伝学的検査の結果は診療録に記載する”とあったが、今回の改訂により“すでに発症している患者の”という記載がなくなった。)
  2. 全ての医療従事者は遺伝医学に関する十分な知識と経験を持ち、遺伝情報の特性を理解しておく必要がある。そのためには遺伝医学の基本的知識、守秘義務の徹底、個人の遺伝情報の適切な取扱いに関する事項について十分な教育・研修を行う必要がある。( 本文「4.個人情報および個人遺伝情報の取り扱い 3)医療従事者への教育・研修」へ、遺伝情報の扱いに関する知識・経験および教育・研修の必要性が新たに追加された。)
  3. 遺伝情報は他の機微情報と同様に、保険や雇用、結婚、教育など医療以外の場面で社会的な不利益や差別につながる可能性にも十分留意して取扱う必要がある。遺伝学的検査で得られた個人の遺伝情報は、すべての医療情報と同様に、守秘義務の対象であり、被検者の同意なく血縁者を含む第三者に開示すべきではない。 民間保険会社等の第三者から照会があった場合にも、他の医療情報と同様に患者の同意を得ずに回答してはならない。(本文「4.個人情報および個人遺伝情報の取り扱い 5)社会的不利益や差別の防止への配慮」へ、遺伝情報が他の機微情報と同様に不利益や差別につながる可能性について追記された。第三者への開示は他の医療情報と同様の対応である事を示した)
  4. すでに発症している患者を対象に行う遺伝学的検査は、臨床的有用性が高い場合に、主治医の責任で、通常の診療の中で実施する。その際、血縁者の影響を含めて遺伝学的検査の意義や目的について説明し、インフォームドコンセントを得てから実施する。また必要に応じて遺伝医療の専門家による遺伝カウンセリングが受けられる体制を整えておくことを推奨する。(Q&Aの解説に記載された。)
  5. 被検者の診断確定とは直接関係のないバリアントが検出されうる遺伝学的検査においては、検査を実施する前に、二次的所見(偶発的所見)が得られた場合の開示の方針を決めておき、十分な説明をしておくことが望まれる。 (本文「3.遺伝学的検査の留意点 3-1すでに発症している患者の診断を目的として行われる遺伝学的検査 3-1-(1)遺伝学的検査を実施する前の準備」へ新たに加えられた。)
  6. 正確な診療には遺伝型と表現型の関係から判断する必要があり、そのためには遺伝診療にかかる情報の共有が重要である。すなわち遺伝学的検査の結果、確定診断が得られた場合には、当該疾患の経過や予後、治療法、療養に関する情報など、十分な情報を共有することが重要である。
    さらに次のような場合には、遺伝学的検査の結果を解釈し開示する際に、特段の注意が求められる。
    1)新規のバリアントなどその病的意義を確定することが困難な場合
    2)浸透率が必ずしも 100%ではないと考えられる場合
    3)網羅的遺伝学的検査により臨床的有用性が確立していない遺伝子に病的バリアント(変異) が見つかった場合等
    上記のようなバリアントについては、その臨床的意義を慎重に判断する。また解釈が変わりうることを考慮し、必要に応じて患者に説明する。
    (本文「3.遺伝学的検査の留意点 3-1すでに発症している患者の診断を目的として行われる遺伝学的検査 3-1-(2)遺伝学的検査結果の伝え方」へ新たに加えられた。)
  7. 遺伝情報の特性として、「あいまい性が内在していること」が新たに追加された。具体的には、まず遺伝学的検査結果の病的意義の判断が将来的に変わりうることである。例えば病的意義不明なバリアント(VUS:variant of uncertain significance)はそれにあたる。VUSは臨床的にあつかうことはしないものの、病的意義は将来変化するものであると認識し、継続的なフォローが望ましい。また同じ病的バリアントでも、症状には個人差がありうること、また将来的にバリアントの臨床的有用性が変わりうることも考えられる。(本文「2.遺伝学的検査・診断を実施する際に考慮すべき遺伝情報の特性」へ新たに加えられた。)
  8. 本ガイドラインは生殖細胞系列の病的バリアントを明らかにする遺伝学的検査が対象であるが、がん細胞の後天的な遺伝子の変化を検出する目的であっても、生殖細胞系列の病的バリアントが同時検出される可能性のある検査を実施する際は、本ガイドラインを遵守する必要がある。(2011年版から記載あるが、がんゲノム医療の臨床実装にともない本ガイドラインの診療上の適応範囲が広がった。「がん細胞の後天的な遺伝子の変化を検出する目的」の検査とは、腫瘍細胞におけるバリアントを検出する検査を指すが、BRCA1/2やMMR関連遺伝子等、婦人科領域ではいずれの検査でも*1、「生殖細胞系列の病的バリアントが同時に検出されうる」ことを常に念頭に置く必要がある。)
  9. 遺伝情報の取り扱いには個人情報保護法を遵守する。(本文「4.個人情報および個人遺伝情報の取り扱い 1)個人情報の保護」へ新たに加えられた。)
  10. 用語について、「変異」ではなく「病的バリアント」、また「優性」「劣性」ではなく「顕性遺伝(優性遺伝)」「潜性遺伝(劣性遺伝)」で統一する。(Q&Aに記載された。)
  11. 学会から作成されるガイドラインやマニュアル等は、本ガイドラインの趣旨に則して作成し、各領域における遺伝医療、遺伝カウンセリングのあり方について教育・啓発を行う。(今後の課題としてQ&Aに記載された。)
  12. 薬理遺伝学的検査に関する記載が削除された。(UGT1A1遺伝子多型解析などが対象。臨床上の有用性や特徴、および他ガイドラインがカバーしている理由より本ガイドラインから削除された旨がQ&Aに記載されている。)
  13. 医療安全対策上の観点から、検査会社に依頼するときに匿名化は必須としない。(匿名化による医療安全対策上の危険性がQ&Aに記載された。)

その他、新生児マススクリーニング、出生前遺伝学的検査、着床前遺伝学的検査等の項目が新設されている。詳細は本文を参照されたい。

注釈
*1 現時点(2022年7月現在)で婦人科診療に関わる検査としては、FoundationOne®︎ CDx がんゲノムプロファイル、FoundationOne®︎ Liquid CDx がんゲノムプロファイル、Guardant360®︎ CDx がん遺伝子パネル、OncoGuide NCCオンコパネルシステム、myChoice診断システムがそれに該当する。なおFoundation One®︎ CDxがんゲノムプロファイル、Foundation One®︎ Liquid CDx がんゲノムプロファイル、Guardant360®︎ CDx がん遺伝子パネル、myChoice診断システムは腫瘍細胞におけるバリアント(体細胞のみならず、生殖細胞系列のものも含まれる)を検出するが、OncoGuide NCCオンコパネルシステムでは体細胞と生殖細胞系列バリアントを区別して検出する。

がんゲノム医療、HBOC診療の適正化に関するワーキンググループ
委員長 青木大輔

委員 榎本隆之 岡本愛光 織田克利
竹原和宏 津田 均 永瀬 智
平沢 晃 万代昌紀 三上幹男
八重樫伸生 渡部 洋

2022年7月13日

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