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卵巣腫瘍

症状

卵巣腫瘍は、一般に腫瘍が小さい場合は無症状のことが多く、日常生活に支障を来すことは稀です。卵巣腫瘍があっても月経は順調なことが多く、妊娠にもあまり影響しません。子宮がん検診や内科などを受診した際に、偶然、卵巣腫瘍が発見されることも少なくありません。スカートやパンツのウエストがきつくなったことに気付いて受診し、診断される場合もありますが、太ったためだと思い込み、そのままにしてしまう人も多いようです。

卵巣腫瘍は、直径20cm以上と巨大になることもあります。腫瘍が大きくなると、膀胱や直腸を圧迫し頻尿や便秘を認めたり、リンパ管の圧迫や静脈の還流障害(下肢の末端から心臓への静脈血の戻りが悪くなる)により下肢の浮腫などを生じます。腹水が貯留すると腹囲はさらに増大し、妊婦さんのようにおなかが前に突き出してくることがあります。また、卵巣腫瘍の付け根部分がねじれたり(卵巣腫瘍茎捻転)、卵巣腫瘍の一部が破綻した場合、激しい下腹痛が出現し、緊急手術を要することもあります。

診断

卵巣は腹腔内に存在するため、内診で卵巣の大きさ、形、癒着の有無などを診察します。経腟超音波検査により卵巣の大きさや内部の状態などを観察します。さらに、CTやMRI検査などの画像検査を併用して、子宮、膀胱、直腸などの他臓器との関係、腫瘍内部の性状、リンパ節の腫大の有無などを観察し、良性、境界悪性あるいは悪性かの診断を推測します。最終的な確定診断(良性、境界悪性、悪性)は手術などによって得られた検体の組織学的診断(顕微鏡で確認する)によって得られます。卵巣腫瘍の約90%は良性で、約10%が悪性とされています。画像診断のみでは良性か悪性かの区別が難しいこともあり、その場合は手術中に迅速組織診断を行うこともあります。

卵巣腫瘍(境界悪性、悪性)に対する治療を行う際には、治療方針の決定と治療の見込み(予後)を推測するため、病気の広がりを確認することは極めて重要です。腹部の触診、内診、超音波検査、CT、MRI検査などの画像検査だけでは病気の広がりの詳細を正確に判断することは難しいことから、手術を行って、腹腔内の詳細な検索、後腹膜リンパ節転移の有無などを確認します。

病気の広がりは大きくI期からIV期までの4つの段階に分類されます。I期は「がんが卵巣だけにとどまっている状態」、II期は「がんが骨盤内に進展した状態(子宮、卵管、直腸、膀胱の表面(腹膜)に広がっている状態」、III期は「がんが骨盤腔をこえて上腹部の腹膜、大網や小腸に転移しているか、後腹膜リンパ節などに転移している状態」、IV期は「がんが肝臓や肺などの臓器にまで転移している状態(遠隔転移)」を示します。2014年に、国際産科婦人科連合(FIGO)による「手術進行期分類(2014年)」が発表され、日本でも国際基準に合わせた新しい手術進行期分類(日産婦2014、FIGO 2014)の運用が始まっています(表1)。

表1 卵巣がんの手術進行期分類(日産婦2014、FIGO2014)

I期:卵巣あるいは卵管内限局発育
IA期 腫瘍が片側の卵巣(被膜破綻※1がない)あるいは卵管に限局し、被膜表面への浸潤が認められないもの。腹水または洗浄液※2の細胞診にて悪性細胞の認められないもの
IB期 腫瘍が両側の卵巣(被膜破綻がない)あるいは卵管に限局し、被膜表面への浸潤が認められないもの。腹水または洗浄液の細胞診にて悪性細胞の認められないもの
IC期 腫瘍が片側または両側の卵巣あるいは卵管に限局するが、以下のいずれかが認められるもの
 IC1期 手術操作による被膜破綻
 IC2期 自然被膜破綻あるいは被膜表面への浸潤
 IC3期 腹水または腹腔洗浄細胞診に悪性細胞が認められるもの
II期:腫瘍が一側または両側の卵巣あるいは卵管に存在し、さらに骨盤内(小骨盤腔)への進展を認めるもの、あるいは原発性腹膜がん
IIA期 進展 ならびに/あるいは 転移が子宮 ならびに/あるいは 卵管 ならびに/あるいは 卵巣に及ぶもの
IIB期 他の骨盤部腹腔内臓器に進展するもの
III期:腫瘍が一側または両側の卵巣あるいは卵管に存在し、あるいは原発性腹膜がんで、細胞学的あるいは組織学的に確認された骨盤外の腹膜播種ならびに/あるいは 後腹膜リンパ節転移を認めるもの
IIIA1期 後腹膜リンパ節転移陽性のみを認めるもの(細胞学的あるいは組織学的に確認)
 IIIA1(i)期 転移巣最大径10mm以下
 IIIA1(ii)期 転移巣最大径10mmを超える
IIIA2期 後腹膜リンパ節転移の有無関わらず、骨盤外に顕微鏡的播種を認めるもの
IIIB期 後腹膜リンパ節転移の有無に関わらず、最大径2cm以下の腹腔内播種を認めるもの
IIIC期 後腹膜リンパ節転移の有無に関わらず、最大径2cmを超える腹腔内播種を認めるもの(実質転移を伴わない肝臓および脾臓の被膜への進展を含む)
IV期:腹膜播種を除く遠隔転移
IVA期 胸水中に悪性細胞を認める
IVB期 実質転移ならびに腹腔外臓器(鼠径リンパ節ならびに腹腔外リンパ節を含む)に転移を認めるもの

腫瘍が存在することにより、血中に増加する物質を測定して診断の補助に用います。一般に、このような物質を腫瘍マーカーと呼びます。現在のところ、悪性腫瘍にだけ特異的に増加するマーカーはなく、各々の腫瘍マーカーの特徴を知った上でいくつかを組み合わせて、再発も含めた診断、治療効果判断の補助に用います。

治療

  1. 良性腫瘍
    腫瘍の大きさがある一定以上になったり、小さくても充実性腫瘍を認めた場合、手術をすることを検討します。下腹痛などの症状がある場合はその限りではなく、急激な下腹痛を生じた(卵巣腫瘍茎捻転、卵巣腫瘍破裂など)場合には緊急手術となることもあります。
    手術法としては付属器摘出術、妊娠を望んでいる方の場合は腫瘍のみを摘出して正常卵巣部分を残す術式(嚢胞摘出術)が選択肢となります。片方の卵巣を摘出しても妊娠は可能です。境界悪性腫瘍あるいは悪性腫瘍を疑う明らかな所見が術前検査(超音波検査、CT、MRIなどの画像検査など)で認められない場合、腹腔鏡手術も選択肢となります。
  2. 境界悪性腫瘍
    境界悪性腫瘍の多くは良好な治療成績を示しますが、稀に悪性腫瘍のように転移や再発を来すこともあり、悪性腫瘍(卵巣がん)に準じた治療を行うこともあります。
    卵巣内に病変が留まっている場合(I期)は、基本術式(両側付属器摘出術、子宮全摘出術、大網切除術および腹腔内細胞診)を行うことを考慮します。確定診断でI期であることが確認できた場合には術後に化学療法を行う必要はありません。腹腔内の観察は、複数箇所の腹膜生検を行い、微小な病変(顕微鏡検査で確認し得る)の有無を検索します。妊娠を希望する患者さんに対しては、術前の画像検査で卵巣以外の腹腔内に明らかな異常を認めず、手術の肉眼所見でも明らかな異常がない場合に限り、腫瘍が発生した側の付属器切除、大網切除術および腹腔内細胞診を行います。基本術式を行わない場合、再発する可能性がやや高くなることから、妊娠の希望が無くなった場合には基本術式を行うことを考えます。
    腫瘍が卵巣外に伸展していることが確認された場合(II期- IV期)、基本術式(両側付属器摘出術、子宮全摘出術、大網切除術および腹腔内細胞診)に加えて、病気の広がりに応じた腫瘍減量術を追加します。悪性の場合とは異なり、後腹膜リンパ節を系統的に摘出することは原則として行いませんが、転移が疑われる、腫れたリンパ節を摘出して組織学的に確認することはあります。腹腔内の腹膜に病気の広がりを疑う所見を認めた場合、その部位を摘出して組織学的な検査(顕微鏡で確認する)を行います。骨盤腔をこえて病気の広がりを認めた場合や特殊な腹膜への病気の広がりを認めた(浸潤性インプラント)場合、悪性に準じた化学療法を行うことがあります。
    妊娠を希望する患者さんで、卵巣をこえた病巣の広がりを認めた場合(II期- IV期)に、基本術式(両側付属器摘出術、子宮全摘出術、大網切除術および腹腔内細胞診)を行わない治療が許容できるかどうかは明らかになっていませんので、病気のリスクと妊娠の希望を踏まえて担当医と十分な相談を行って治療方針を決定して下さい。
  3. 悪性腫瘍(がん)
    悪性腫瘍の治療の原則は、手術により腫瘍を可能な限り摘出し、肉眼的に残存腫瘍を出来る限りなくすこと(完全切除)にあります。手術後は化学療法(抗がん剤治療)を行い、残存腫瘍や腫瘍細胞の完全消滅に努めます。
    腫瘍の広がりが非常に大きく、一回の手術で腫瘍の摘出がきちんと出来ない場合、腫瘍の一部だけを摘出し、組織学的検査により診断を確定し、化学療法(抗がん剤治療)の効果を期待する治療も選択肢となります。化学療法を何回か施行した後、二次的腫瘍摘出術を試みます。
     卵巣悪性腫瘍は抗がん剤がよく効く固形がんの一つと考えられており、極めて早期の症例を除き、手術後の化学療法は必要となります。化学療法は一般的に、パクリタキセル、カルボプラチン、シスプラチンなどを中心に2~3種類の抗がん剤を組み合わせて周期的に投与します。患者さんの状態により使用薬剤、投与方法、投与量などを決定します。日本における卵巣がんの5年生存率を進行期ごとに図1に示します。
    最近では、分子標的治療薬を初回化学療法との併用や初回化学療法終了後の維持療法に用いることも可能になっています。再発した病変に対する化学療法にも分子標的治療薬を用いる場合もあります。詳細に関しては担当医とよく相談して下さい。
    化学療法(抗がん剤治療)の副作用は、骨髄抑制による赤血球、白血球、血小板などの減少、腎機能低下、肝機能低下、脱毛、吐き気、下痢、関節痛、筋肉痛など多種多様ですが、症状に応じた補助的な治療で対応に努めます。化学療法が終了してから、自宅において、副作用を記載しておくことは非常に重要であり、どのような副作用が、何時頃に生じて、いつまで、どの程度継続していたのか、担当医に相談する際の貴重な資料となります。

図1 卵巣悪性腫瘍の進行期別5年生存率(対象:2012年の診断症例)

図1 卵巣悪性腫瘍の進行期別5年生存率(対象:2012年の診断症例)

日本産科婦人科学会婦人科腫瘍委員会報告 第60回治療年報
(日産婦誌2019年71巻780頁)より

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